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「障害のある人の親がものを言うということ」後編4/4


ここまでお付き合いいただいた方へ。

この記事が、『障害のある人の親がものを言うということ』の感想文の、最後になります。


ここまで読み進めてくださったことに、心から感謝します。


今日は、本書の中で、

最も重く、苦しく、簡単には言葉にできないテーマについて

お話ししていきたいと思います。



【共生社会への泥臭いにじり寄り ― 安楽死をめぐって ―】


本書では安楽死についても言及されており、

SNS上の反応も紹介されていました。


それらを読み、私は心底ぞっとしました。

幸せか不幸かを、他者が決めることは決してできません。


確かに、つらい、苦しい、死にたいと心から願う瞬間は、誰にでも起こりうることです。

けれども、安楽死という選択肢を語る前に、

私たちは本当に「できることを尽くした」と言えるのでしょうか。


医療、福祉、教育、政治――社会にある、ありとあらゆる知恵と力を注いだうえで、

それでもなおどうにもならないのか。


その検証を十分にしないまま安楽死を議論することには、

私は強い違和感を覚えます。


そもそも人類にとって、「安楽死」という概念はまだ早すぎるのではないか、

と私は感じています。


人は合理性だけで生きられる存在ではありません。

良くも悪くも「欲」を持ち、

揺れ、迷い、時に判断を誤る存在です。


その前提を無視した議論は、あまりに危ういものに思えます。


そのような社会の中で、

筆者が「子どもを連れて死にたい」という思いにとどまらず、

「なぜそう思うのか」「本当は何を求めているのか」を、

痛みを抱えたまま語り続ける姿に、私は深く励まされました。


この本を読み終えて、私の中に残ったのは、正しさでも、答えでもありませんでした。

それは、「語ること」を諦めなかった一人の人の姿でした。


語ることは、しばしば痛みを伴い、誤解され、時に孤立を深めます。

それでもなお、自らの経験を言葉にし、問いを投げかけ続けてきた筆者の歩みは、


誰かを裁くためではなく、

「共に生きること」を手放さないためのものだったのだと思います。


沈黙の方が楽な場面はいくらでもあったはずです。

それでも諦めることなく語り続けてきたその営みに、私は深い敬意を覚えました。


「語り」は、ときに経済性や合理性の前で、ないがしろにされてしまいます。


それでも私は、

人生の中で少し立ち止まったり、甘えたり、迷ったり――

そうして他者と「語り合う」時間こそが、

人と人とのあたたかな関係性や、人生の豊かさを育むのだと信じています。


人手も、お金も、足りないことはわかっています。

それでも私が相談室を開業したのは、一つの「祈り」でもあります。


――みっともなく、非合理で、非効率であっても、

そうした在り方に寛容でいられる社会であってほしい、という願いです。


私自身、決して聖人でも超人でもありません。

一人の人として、理想と現実の狭間で揺れ、苦しみ、悩んだり怒ったりしながら、

「共に生きること」を諦めない場所を作っていけたらと思っています。


正直なところ、この本について、

そしてここで扱ってきたテーマについて、

私はまだうまく言葉にしきれていない気がしています。


書きながら何度も立ち止まり、

これは本当に書いていいのだろうか、と迷いました。

それでも書いてみて、

「語りきれないまま残る感じ」こそが、

この本を読んで私の中に残ったものなのだと気づきました。


きっと、簡単にまとめてしまえないからこそ、

筆者は語ることをやめなかったのだと思います。

私もまた、すぐに答えを出すことはできませんが、

考え続けること、言葉を探し続けることは、

これからも手放さずにいたいと思います。


語りきれなさを抱えたまま、

今日はここまでにします。

改めて、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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