応援する人を、応援する――『アルプス席の母』を読んで
今日は『アルプス席の母』を読んだので、その感想をお話ししていきたいと思います。
この本は、高校野球を題材に書かれた物語ですが、なんと選手にはスポットライトがほぼ当たりません!その家族や指導者など、選手を取り巻く人たちの姿が描かれた物語です。
主人公は菜々子さん。物語は、シニアリーグで活躍する一人息子・航太郎が大阪の新興校への進学を決めるところから大きく動き始めます…。
私自身は体育会系の部活に馴染めないタイプでしたので、「なんでこんなことに…?」と随所で感じたところもあったのですが、
この本を読んでいて一番強く感じたのは、「何かを一生懸命に頑張っている人を、こんなふうに真剣に応援できるって、いいな」ということでした。
主人公の息子である航太郎がマウンドに立った場面では、「菜々子さん、良かったね~~~!!!」と思わず声が出そうになりました。
また、航太郎が大学でも野球をすると、それまでの考えを覆した場面では、思わず笑ってしまうような清々しさがありました。
誰かが自分の大切なものを見つけ、それを自分自身の意思で選ぶ。
成長していく姿を、共に目の当たりにできる。
成長を見守ることは時につらく、苦しいものですが、
「応援する」ということには、そうした喜びもあるのかもしれません。
もう一人、強く印象に残ったのが佐伯監督です。
物語の途中までは、高圧的で、父母会との関係にも問題があり、メンバー選びにも私情があるのではないかと思わせる人物として描かれています。
ところが、退任が決まってから、それまで見えていなかった事情が少しずつ明らかになっていきます。
父母会と距離を取っていた理由。
航太郎にかけていた思い。
そして、監督自身が抱えていた後悔やプレッシャー。
それらを知っていくと、それまで「嫌な監督」として見ていた人物も、単純な「悪役」ではなく、一人の人間として見えてきます。
そこで印象的だったのは、航太郎の態度でした。
監督が自分にとって「敵」であり続けてくれたことには感謝する。
けれど、監督のやり方は違うと思う。
相手にも事情があることを知りながら、その人の行動を肯定する必要はない。
航太郎、老成しすぎてませんか…!
「この人にも、この人なりの事情があったのだろう」と理解することと、
「それでも、私はこれは違うと思う」と考えることは、両立します。
人間は複雑な生き物です。「良い人」「悪い人」と単純に分けるのではなく、その人の背景や葛藤まで含めて見ていくことで、初めてその人が見えてきます。
一方で、相手を理解しようとするあまり、自分が感じたことまでなかったことにしない。相手を理解することと、自分の気持ちを大切にすることは、どちらか一方を選ぶものではないのだと思います。
『アルプス席の母』は、高校野球という、自分にとってはあまり馴染みのない世界を舞台にした物語でした。
それなのに、読み終えてみると、私はいつの間にか菜々子さんを応援していました。
菜々子さんは、息子の航太郎を応援している。そして私は、そんな菜々子さんを応援しながら、航太郎の活躍を一緒になって喜んでいる。
考えてみると、ちょっと不思議な入れ子構造です。
誰かが大切にしているものを、その人のそばで一緒に大切にする。「応援する」ということは、応援される人だけでなく、応援する人の心も動かすものなのかもしれません。
高校野球には詳しくなくても、こんなふうに物語の中の誰かを応援してしまう。
それもまた、物語を読む楽しさなのだなと思いました。


